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  • 執筆者の写真Teppei Takano

“Wakatake Group”代表の稲若健志です。

 こんにちは!


 “Wakatake Group”代表の稲若健志です。





 2007年に株式会社ワカタケを設立し、サッカースクールの立ち上げからスタートし巡回指導や講演活動、海外クラブの日本及び海外でのキャンプ/クリニック開催、国際大会・遠征のコーディネートなど、“サッカー”を通じ大勢の子どもたちをサポート。今では毎年日本海外問わずに沢山の子どもたちが、海外へ行く機会を作っています。


 これらの活動を通じ、世界各国のサッカークラブに太いパイプを持つようになり、今ではスペイン、ドバイ、アルゼンチンを中心に、多くの国の様々なクラブにチャレンジが可能なプログラム『留学』や、日本の子どもたちが、主にスペインのクラブのカンテラ(下部組織)にてフルシーズンで、トレーニングできるプログラム『カンテラ』があるのもWakatakeの強みです。


 僕がこの仕事を始めたきっかけは、僕自身のアルゼンチンでの経験です。ディエゴ・マラドーナに憧れていた僕は、高校卒業後に単身アルゼンチンへ渡航しました。今のように携帯もなければ、インターネットで簡単に情報を得ることもできない時代でした。日本の家族や友人と連絡を取るのも”手紙“や、電話屋さんへ行って国際電話を掛けるといった時代。手紙を出せば次に日本から帰ってくるのは2か月後。1年で6通受け取れるかどうかの時代です。


 何かわからないことや困ったことがあっても聞く人もいない。なので自分自身でどうにかするしかありませんでした。始めの頃は、アルゼンチンに頼れる人もいなくて、スペイン語も話せなかったので、ひたすらサッカーボールを蹴って、言葉の勉強をしていましたね。


 そんな状況からスタートしたアルゼンチン生活だったので、衝撃的なことばかりでした。でも、その経験から、”コミュニケーション“の重要さ、日本での当たり前のことが、世界では当たり前ではないこと、何よりもサッカー留学を経験すると、その後の人生が豊かになることに気づいたんです。


 幸いなことにアルゼンチンでプロ契約を結び、愛媛FCや栃木SCでもプレーすることができました。引退後、アルゼンチンで得た経験、視野の広さやサッカー人脈、語学といった“サッカーツール”を活かすことができています。


 もちろん、プロ選手になれるのはほんの一握りの選手です。だから、引退したときに、“サッカーしかやってこなかった”人にはなって欲しくありません。海外へ行くと視野が広がります。その視野の広さ、そして海外で身につけた語学は、サッカーを辞めた後も強い武器になるでしょう。


 今思い返しても、18歳でアルゼンチンへサッカー留学をして良かったと思います。同じような経験を一人でも多くの子にして欲しいと願っています。


 このブログを通じて、Wakatake Groupの取り組みの紹介、サッカー留学に対する質問にもお答えしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。





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